学問の神様の誕生秘話
2018.03.12
藤枝支部認定プロ教師の田中です!
受験シーズンも間もなく終わりですね。
受験前には天満宮に参拝された方も多いのではないでしょうか。
天満宮には、「学問の神様」である、菅原道真が祀られているのですが、
なぜ道真が学問の神様となったのかご存知でしょうか。
実は、あの摂関政治とも関係があるのです。
時は、平安時代。
学者の家柄から右大臣(太政大臣、左大臣に続いて偉い役職)にまで昇り詰めた道真は、
右大臣の藤原時平によって無実の罪を着せられ、大宰府(福岡県)に左遷されてしまいます。
藤原時平は、摂関政治で有名な藤原道長の祖先。
この頃、藤原氏は有力な他貴族に次から次へと言いがかりをつけ左遷させています。
道真もその例外ではなかったのです。(その甲斐あって、摂関政治が完成するわけですね)
左遷された道真は、その2年後に59歳で亡くなります。
その後の平安京の都は、目も当てられないような状態になります。
疫病がはやったり、有力貴族や皇太子の死が相次いだり・・・道真を左遷した張本人の時平も39歳の若さで亡くなります。
人々は、恐れます。「これは、道真の祟りである。」と。
その祟りを鎮めるために天満宮が作られ、道真を学問の神様として祀り、全国に広まった・・・という訳です。
「学問の神様」の誕生には、このような哀しくも恐ろしい歴史が隠されていたのです。
【静岡県/藤枝市】 家庭教師のファミリー藤枝支部
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